波田陽区現在何している?

波田陽区「ギター侍」現在・何している?

かつて2004年〜2005年頃「ギター侍」としてあの独特な着流しスタイルと毒舌トーク・「拙者、ギター侍とも押す!(有名人を斬っていくネタ)で一世を風靡し、一気に全国区へと駆け上がった波田陽区さんですが、絶頂期の月収がやばいです!、年収ではありませんよ、なんと月収2800万円もの収入があったそうです。我々一般庶民からすれば、月の収入が2千万円以上あるなんて想像も出来ないくらいの金額です。しかしここ十年以上の間は、関東圏のTV.CM.で姿を見る機会がほとんどないような気がします。そこで今回、「ギター侍」こと波田陽区さんの最近の活動状況を調べてみましたので、最後までご覧頂けければ幸いです。

波田陽区(ギター侍)ブレイク後の活動状況は?

2004年にギター侍で大ブレークし、日本中にその名を轟かせていた波田陽区さんですが、それ以降は中々ヒットにも恵まれず、時々一発屋の仕事が入るも仕事の本数は激減してしまい、時には奥様に「仕事に行く」と嘘をついて外で時間を潰すような事もあったり、このままではいけない「自分を変えなきゃ」と必死にもがき苦しんだ時期だったようです。新しいネタを試みてもウケない作品ばかりでパットせず、自分の芸人としての実力と才能の無さに悶々とする日々でした。当時五才になる息子から、「お父さん、もっと違うネタ考えたほうがいいよ!」って言われたこともあったそうです。その時は本当にショックで「芸人をやめてしまおうか」と真剣に悩んでいたみたいです。そんな時、お世話になっている間寛平さんからいっその事、「福岡に引っ越してみたら」環境を変えてやってみては?とアドバイスを頂いたので、直ぐに奥様に相談したところ、奥様は二つ返事で「いいんじゃない」と快く受け入れてくれたそうです。

その後、お子様が小学校に上がる2016年、わらにもすがる気持ちで福岡に移住したんですね。元々波田陽区さんは山口県出身で、奥様が九州の熊本出身ということもあり、お互いに土地勘もあったんでしょうか?。

とはいえ、福岡に来てすぐ仕事があったわけではなく、所属事務所(ワタナベエンターテイメント九州事業本部)のスタッフさん達の計らいで「イモトWiFi」社長に頼み込んでくれ「WiFi」宣伝部長として福岡空港でタスキを着けてアルバイトを週5回、朝7時〜夕方5時まで頑張って働いていたようです。

波田陽区(ギター侍)現在の収入源?

波田陽区さんは、2016年に家族で福岡に移住。現在は福岡、山口県を活動の中心としています。当時、一発屋のイメージが強かった波田陽区さんですが、福岡ではローカルタレントとして大活躍されています。

九州のテレビ番組やラジオ、イベント、営業などでネタをやったり多方面でレギュラー番組を持っています。ありがたいことに福岡県や山口県のCMにも使っていただいてますね。思い切って環境を変えたことで良いきっかけもあったようです。福岡に引っ越して来た年のオリンピックで卓球の水谷選手がメダルを獲得した後、スポーツ紙の記事に「卓球の水谷選手と波田陽区(ギター侍)」の顔がそっくりだ!と載ったお陰で、それ以降TV取材や出演のオファーが殺到したり、とてもラッキーな出来事も続きました。

最近では、2025年の年末頃から2026年々氏にかけて福岡市の早良警察署の一日警察署長に任命されたり、その活動の一環としてポスターや動画を通し啓発活動を行なってます。波田陽区さんの代名詞である「ギター侍」の格好をした防犯・交通安全ポスター等、その中でも近年,社会問題になってる「特殊詐欺(偽電話詐欺)」防止や、「飲酒運転撲滅」などを呼びかける積極的な活動の他「ギター侍」のネタを活かした啓発 例)ながら運転防止場合→「携帯見るな、家でみて下さい 斬り!」とか 例)ニセ電話詐欺場合→「もし何かあったら落ち着いて相談を斬り!」警察官の制服ではなく、あえて「ギター侍」の衣装で登場するなど、地元住民(老若男女)の注目を集めています。そもそも警察関係のお仕事の依頼を受けるきっかけとなったエピソードがありまして、ギター侍全盛期2004年頃(まさにそのネタを家庭のTVで子供と一緒に見ていた親世代)現在組織の決定権を持つ立場(署長や副署長、広報課長)といった役職にあり、あの頃子供と一緒に笑わせてもらったなぁ〜とポジティブな思い出が詰っており、波田陽区さんの採用を応援したいという存在になっていたと思われます。

波田陽区(ギター侍)プロフィール

かつて「ギター侍」として一世風靡し、現在は福岡で再起を遂げた波田陽区さんのプロフィールです。

・本名   :波田 晃(はた あきら)

・生年月日 :1975年6月5日

・出身地  :山口県下関市

・血液型  :AB型

・所属事務所:ワタナベエンターテイメント(九州事業本部)

波田陽区現在まとめ

福岡に移住してき当初は、東京で「仕事がなくなったから都落ちしてきた」という自虐ネタにしていましたが、ローカル番組で見せる彼の本当の姿「とにかく腰が低く、何事にも一生懸命、街頭インタビューでの市民に優しく接する誠実な姿が視聴者の方々に「波田陽区は本当に良い人だなぁ」という印象が定着しました。以前、占いで「フェニックス・ハタ」と名乗るよう助言された時期があったそうですが、今ではすっかり「福岡の顔」の一人となり、不死鳥のごとく返り咲きました。

今後も福岡の顔として、老若男女に愛される「優しい侍」として益々のご活躍を心よりお祈りしてます。

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